「年金だけで家賃を払っていけるだろうか」——住み替えを考えはじめた方から、いちばん多くいただくご相談です。ちまたには「家賃は収入の3割まで」といった目安が出回っていますが、これは現役で働く世帯を前提にした経験則で、年金生活にそのまま当てはめると実感からずれてしまいます。年金暮らしの家計は、収入が毎月ほぼ一定で、医療費や交際費など削りにくい支出の割合が大きいという特徴があるからです。この記事では、年金額・家計・家賃相場の三つを公的データで押さえたうえで、ご自身の手取りから家賃の上限を逆算する考え方と、家賃そのものを抑える公的な選択肢をご案内します。
まず「入ってくるお金」を1円単位でつかむ
出発点は、毎月いくら受け取れるかを正確に知ることです。厚生労働省が公表した令和8年度(2026年度)の年金額では、老齢基礎年金の満額は1人分で月70,608円、厚生年金の標準的な年金額(夫婦2人分の老齢基礎年金を含む)は月237,279円となりました。前年度からの改定率は国民年金(基礎年金)が1.9%、厚生年金(報酬比例部分)が2.0%の引上げです[1]。
ここで大切なのは、この金額はあくまで「例」だということです。同じ資料では、経歴類型別の概算も示されています。たとえば厚生年金期間が中心(20年以上)の男性は令和8年度で月176,793円、国民年金(第1号被保険者)期間が中心の男性は月63,513円、厚生年金期間が中心の女性は月134,640円と、働き方によって大きく開きがあります[1]。「年金の平均額」を自分の額として計算すると、数万円単位でずれることが起こり得ます。
ご自身の見込額は、日本年金機構のねんきんネットで確認できます。将来受け取る年金見込額の確認、年金記録の確認、電子版「ねんきん定期便」の確認などができるサービスです[2]。さらに、受け取る年金からは介護保険料や国民健康保険料(後期高齢者医療保険料)、場合によっては所得税・住民税が差し引かれます。予算を立てるときは、額面ではなく実際に口座へ振り込まれる手取り額を使ってください。年金振込通知書はねんきんネットでも確認できます。
統計が示す「出ていくお金」——高齢者世帯の家計は平均で赤字
次は支出です。総務省統計局『家計調査報告(家計収支編)2025年平均』によれば、65歳以上の単身無職世帯(高齢単身無職世帯)は、実収入131,456円・可処分所得118,465円に対して消費支出が148,445円。平均消費性向は125.3%でした。65歳以上の夫婦のみの無職世帯では、実収入254,395円・可処分所得221,544円に対して消費支出263,979円、平均消費性向は119.2%です[3]。
つまり平均像としては、単身で月に約3万円、夫婦で約4.2万円を貯蓄などから取り崩している計算になります(同調査の「差額分」は単身無職世帯で29,980円、夫婦高齢者無職世帯で42,434円)[3]。これは不安をあおる数字ではなく、「年金だけで完結する家計のほうがむしろ例外」という前提を共有するための数字です。
そしてもう一つ、見落とすと計算を誤る重要な点があります。同調査で高齢単身無職世帯の「住居」費は月11,416円(消費支出の7.7%)、夫婦高齢者無職世帯では17,739円(同6.7%)と、いかにも低い額に見えます。しかしこれは持ち家の世帯を含めた平均値です。実際、二人以上の世帯のうち65歳以上の無職世帯の持家率は95.5%に達します[3]。この「住居費」を賃貸の家賃の目安として読んではいけません。賃貸で暮らす場合は、上の消費支出に家賃をほぼ丸ごと上乗せするイメージで考える必要があります。
家賃の目安は「手取り − 住居費以外の支出」で逆算する
ここまでを踏まえると、年金生活の家賃の考え方はシンプルになります。収入の何割、と割合から入るのではなく、手取りから住居費以外の支出を引いた残りを見る——これが実態に合った順序です。
試しに家計調査の数字で計算してみましょう(当サイトによる試算です)。高齢単身無職世帯の消費支出148,445円から住居費11,416円を引くと、住居費以外の支出は約137,000円。可処分所得118,465円と比べると、家賃を1円も払う前の段階ですでに約1.9万円足りないことになります[3]。夫婦のみの世帯でも、消費支出263,979円から住居費17,739円を引いた約246,000円に対し、可処分所得は221,544円です。
この計算が示しているのは「賃貸は無理」ということではありません。示しているのは、年金生活で賃貸に住むなら、家賃を平均像に上乗せするのではなく、家賃を含めた総額が手取りに収まるように組み立て直す必要があるということです。実際に手を動かすときは、次の順で書き出すのが確実です。
①年金の手取り額(振込額)を書く。②食費・光熱水道・保健医療・交通通信・交際費など、住居費以外の毎月の支出を実額で書く。③①から②を引く。④その残額から、貯蓄の取り崩しをいくらまで許容するかを決め、加算する。⑤出てきた金額が、共益費・管理費を含めた家賃の上限です。②はご自身の通帳とレシートの実額がいちばん正確ですが、手元にない場合は上記の家計調査の費目別金額をたたき台にできます。
④の「取り崩しをいくらまで許容するか」は、預貯金額と年齢から考えます。たとえば月2万円の取り崩しなら年24万円、20年で480万円です。ここを曖昧にしたまま物件を決めると、数年後に家賃が重くなってもう一度住み替える、という負担の大きい事態になりかねません。ご家族と一緒に住み替えを進める場合の段取りは高齢の親の住み替え|家族が知っておく賃貸の進め方にまとめています。
全国の家賃水準と、家賃を抑える三つの公的な選択肢
上限が見えたら、次は相場と突き合わせます。総務省統計局『令和5年住宅・土地統計調査』(2023年10月1日現在)によれば、借家(専用住宅)の1か月当たり家賃は全国平均で59,656円。種類別では、公営の借家が24,961円、都市再生機構(UR)・公社の借家が71,831円、民営借家(木造)が54,409円、民営借家(非木造)が68,548円となっています[4]。前回2018年調査からは全体で7.1%の上昇です。
老齢基礎年金の満額1人分(月70,608円)と全国平均の家賃59,656円を並べると、基礎年金だけで民間の平均的な借家に住むことがどれだけ厳しいかが見えてきます。だからこそ、次の公的な選択肢を最初から検討の土俵に載せてください。
ひとつめは公営住宅です。上記のとおり公営の借家の家賃は平均24,961円と、民営借家の半額以下の水準にあります[4]。国土交通省は、高齢者世帯を「現在の社会経済情勢に照らし、特に居住の安定確保が必要な者として優先入居の取扱いを行うことが適当と考えられる世帯」として優先入居の対象世帯に挙げており、倍率優遇方式・戸数枠設定方式・ポイント方式といった方法が示されています[5]。募集時期や条件は住宅を管理する地方公共団体ごとに異なるため、お住まいの自治体の住宅担当窓口で募集案内を確認するのが確実です。
ふたつめは地域優良賃貸住宅です。子育て世帯・高齢者世帯など入居対象とする者の要件を地方公共団体の裁量で設定できる制度で、整備費への助成に加えて家賃の低廉化に対する助成が行われる場合があります(地方公共団体が家賃低廉化を実施する場合に限り、入居者のうち収入が少ない方に限られます)[6]。公営住宅より収入が高い方でも入居できる点が特徴です。
みっつめは住宅セーフティネット制度です。法律上、高齢者は低額所得者・被災者・障害者・子育て世帯とともに「住宅確保要配慮者」と定められています。2025年(令和7年)10月1日には改正住宅セーフティネット法が施行され、居住支援法人等が大家と連携して①日常の安否確認②訪問等による見守り③生活・心身の状況が不安定化したときの福祉サービスへのつなぎを行う居住サポート住宅が設けられました[7]。家賃が直接下がる制度ではありませんが、「断られにくい物件」を探す入口として有効です。
家賃以外に見落としがちなお金
予算を組むときに抜けやすいのが、毎月の家賃以外に発生する費用です。契約時には敷金・礼金・仲介手数料・前家賃・火災保険料・鍵交換費用などがまとまってかかり、家賃の4〜6か月分程度になることも珍しくありません(金額は地域や物件で幅があります)。入居後も、共益費・管理費、更新のたびの更新料、家賃保証会社を利用する場合の保証料が積み上がります。
とくに保証会社の利用は、身元保証人を頼める人がいない場合の現実的な解決策です。初回保証料と年ごとの更新料の水準は会社によって差があるため、保証人がいない高齢者の賃貸|家賃保証会社の使い方と選び方で仕組みと確認ポイントを押さえておくと、見積りを比べやすくなります。国土交通省の住宅セーフティネット制度には、住宅確保要配慮者が利用しやすい家賃債務保証業者を国土交通大臣が認定する制度も設けられています[7]。
また、ひとり暮らしの安否が心配で家族が住み替えに慎重になっているなら、見守りサービスを組み合わせることで、家賃を上げずに安心の部分だけを補うという考え方もあります。サービス付き高齢者向け住宅など、支援が組み込まれた住まいとの費用比較を先に済ませておきたい方は、シニア向け賃貸とサ高住・有料老人ホームの違い|住まいの選び方もあわせてご覧ください。
まとめ|数字を揃えれば、家賃は「勘」で決めなくてよい
年金暮らしの家賃は、割合の目安ではなく、①手取りの年金額②住居費以外の実支出③許容できる取り崩し額——この三つを書き出せば、ご自身に固有の上限として求められます。そのうえで公営住宅・地域優良賃貸住宅・セーフティネット登録住宅という公的な選択肢を最初から視野に入れれば、民間の相場だけを見て「無理だ」と諦める必要はありません。物件探しの進め方や、申込み前に整えておきたい書類は高齢者・シニアの賃貸の探し方|断られない5つの準備にまとめています。予算が固まったら、高齢者の入居に前向きな窓口に早めに相談してみてください。数字を持って相談するほど、話は具体的に進みます。
- 令和8年度(2026年度)の年金額=老齢基礎年金(満額・1人分)月70,608円/厚生年金の標準的な年金額(夫婦2人分の老齢基礎年金を含む)月237,279円、改定率=国民年金1.9%・厚生年金(報酬比例部分)2.0%、経歴類型別の概算額:厚生労働省『令和8年度の年金額改定について』(令和8年1月23日公表)。mhlw.go.jp/数値は同報道発表の別添PDF掲載。mhlw.go.jp(PDF)
- 年金見込額・年金記録・電子版「ねんきん定期便」・年金振込通知書の確認:日本年金機構『ねんきんネット』。nenkin.go.jp
- 高齢単身無職世帯・夫婦高齢者無職世帯の実収入/可処分所得/消費支出/住居費/平均消費性向/差額分、および二人以上の世帯のうち65歳以上の無職世帯の持家率95.5%(いずれも2025年平均):総務省統計局『家計調査報告(家計収支編)2025年(令和7年)平均結果の概要』<参考4>65歳以上の無職世帯の家計収支。stat.go.jp(PDF)
- 借家(専用住宅)の1か月当たり家賃59,656円・公営の借家24,961円・UR/公社71,831円・民営借家(木造)54,409円・民営借家(非木造)68,548円、2018年比7.1%増(2023年/令和5年):総務省統計局『令和5年住宅・土地統計調査 住宅及び世帯に関する基本集計(確報集計)結果』。stat.go.jp(PDF)
- 高齢者世帯を優先入居の対象世帯とする扱いと優先入居の方法(倍率優遇方式・戸数枠設定方式・ポイント方式):国土交通省『公営住宅の優先入居について』。mlit.go.jp
- 入居対象者の要件を地方公共団体の裁量で設定できること、整備費助成および家賃の低廉化に対する助成:国土交通省『地域優良賃貸住宅』。mlit.go.jp
- 住宅確保要配慮者の定義(低額所得者・被災者・高齢者・障害者・子育て世帯)、令和7年10月1日の改正住宅セーフティネット法施行と居住サポート住宅(安否確認・見守り・福祉サービスへのつなぎ)、認定家賃債務保証業者制度:国土交通省『住宅セーフティネット制度』。mlit.go.jp
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